シェークスピアの名作『ハムレット』。 これまで数え切れないほどの演出家や映画監督が手がけてきた作品だ。そしてこの冬、独自の解釈でこの『ハムレット』を演出するのが映画『ラスト ナイツ』でのハリウッド進出が記憶に新しい紀里谷和明氏だ。「役者はサービス業じゃない」と語る紀里谷さんに『ハムレット』にかける思いや、日本の若手俳優に求めるものを聞いた。

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名作『ハムレット』も独自の解釈で演出するのが紀里谷流

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── これまで映像作品を中心に手がけられてきた紀里谷さんですが、舞台作品を演出するにあたって意識していることはありますか。

僕にはそもそも、映像と舞台が違うものっていう認識がないんです。どちらもものづくりのひとつだから、境界線は感じていません。作り方のプロセスにしても、映画と演劇で大きな違いはないんじゃないかな。ただ、1か月みっちりリハーサルができるのはありがたいです。映画ではありえないことなので。

── 演出家によって細かく指示を出すか、ある程度役者の発想に任せるか、演出方針が大きく変わると思うのですが、今回紀里谷さんはどのような演出をされていますか。

かなりガチガチに決めて指示を出しています。というのも、今回の『ハムレット』は、客席の真ん中に舞台を置き、道具をほとんど使わないという役者の身体表現だけで勝負しているからです。

── 『ハムレット』という作品を上演しようと決めた理由を教えてください。

自分がもともと惹かれている作品だからです。実は『CASSHERN』もハムレットをベースに作っています。

── 『ハムレット』に心惹かれるわけは何なんでしょうか。

僕が抱えている悩みの根源を表現しているから、でしょうか。人のエゴのぶつかり合いのせいで世界が崩壊していくさまって、現代社会はもちろん人間が生きてきたどの時代にも通じるものがあると思うんです。

── なるほど。だからこそこれまで数え切れないほどの演出家や映画監督が手がけてきた作品なのだと思いますが、紀里谷さんはどのようなテーマで演出されているのでしょうか。

大きなテーマは「人間の業」です。憎しみに絡め取られた人間がどんな末路を辿るか。もとの戯曲のなかから、僕が本質的だと感じる部分だけ抽出してひとつの作品に仕上げています。だから、これまでのものとはまったく異なる『ハムレット』になるはずです。

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── 『ハムレット』という名作にまったく新しい解釈を加えるというのはかなり挑戦的な試みだと思うのですが。

もしかしたらいろいろな方面からお叱りを受けるかもしれませんね。でも、ものづくりの世界にいる限り、自分にしか表現できないものを追求していくしかない。人それぞれいろいろな解釈があっていいと思うんです。

── 全キャストをオープンオーディションで選んだのにも、自分にしか表現できないものを作りたいという背景があったんでしょうか。

まず前提として自分の原点に立ち返りたいという思いがありました。ありがたいことに自分が手がける作品の規模がどんどん大きなものになってきているのですが、ただなると、ビジネスとかマネジメントとか、クリエイティブ以外の部分にどうしても気を取られてしまう。

僕はいつもピュアな気持ちで作品に向き合いたいと思っているんですが、これは本当に純粋なクリエイティブなんだろうかと自問自答するようになって、クリエイティブの本質的な部分をもう一度見つめ直したいと思いました。それで制作費が少なくなるけど、役者は無名という環境で作品を作ろうと決めたんです。

263a0825-2 「ハムレット」稽古中の風景/写真提供:THEATER LOV

── なるほど……。選ばれた役者の方に共通している要素は何かありますか。

オーディションでは300人以上の演技を見ました。そのなかで重視したのはセリフを自分の言葉として言えているかどうかです。キレイに聞こえなくても、テクニックがなくてもいい。そこに真実が見えるかどうかが審査基準でした。

img_2288-1 「ハムレット」稽古中の風景/写真提供:THEATER LOV

── 無名の役者と作品を作りたいという言葉がありましたが、紀里谷さんが主宰されている「Theater LOV」では、若手俳優を育てるレッスンを提供していますよね。

レッスンやワークショップを行っていますが「育てる」という感覚とは少し違うんです。僕は作品の作り手としていつも新しい才能を探しています。だから才能ある若手俳優と出会う場を作るというのが「Theater LOV」を立ち上げた主な目的です。日本の若手俳優と接していると、いきなり現場に放り込まれてしまう人が多くて、本人も周りも大変だろうなとは感じていました。なにか自分にできることがあるんじゃないかと思ったのです。

── 演劇や舞台に特化した養成所は数多くありますが、「Theater LOV」だからこそ学べる要素はありますか。

演技を論理的かつ体系的に学ぶことができる点です。それがいい悪いというわけではないですが、アメリカやヨーロッパで行われている方法論に近いと思います。アメリカで作品づくりをしていると分かりますが、どんなに有名な俳優でも定期的なレッスンを欠かさない。 よって、役者間に共通言語が存在しているので、現場はうまく回る。とてもいいことだと思います。

img_2317-1 「ハムレット」稽古中の風景/写真提供:THEATER LOV

役者はサービス業じゃない。売れることを目的にするな

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── いま若手俳優の方々と多く関わっていらっしゃるわけですが、業種を問わず紀里谷さんのように海外でも活躍できるようになるにはどのような要素が必要だと思いますか。

そもそも、僕には日本だとか海外だとかって区切りがまったくないんですよ。ものづくりでができれば場所はどこだっていい。よく「それはどうしてですか」って質問されるんだけど、僕の方が逆に聞きたいくらい。どうしてわざわざ区別して考えるの?って。

── そういう考え方はずっと変わらないんですか。それともなにかきっかけがあったとか。

それ僕が逆に聞きたいんですよ。何がきっかけで区切りとか線引きを始めるんですか。子どものころって、そういうの気にしないじゃないですか。自分が日本人なのか外国人なのか、貧乏なのか金持ちなのか、もともとはそんなこと意識してないはずなんです。それがどんどん職業とか肩書きとかにこだわるようになっていく。それって不自然なことだと思います。

── たしかに……。自分を表す何かがないと不安な人が多いのではないでしょうか。紀里谷さんの考え方は本質的であるものの、少数派だと思うので批判されることもあるのではないでしょうか。

そうなんです。「どうして文脈にそってものが作れないんだ」とか「ひとつのところにとどまっていられないのか」というお叱りはよく受けます。でも、それって僕にとって「ずっとカレーだけ食べ続けていられないのか」と言われるのと同じこと。ラーメンだって食べたいじゃないですか。

── そう言われると、すごく納得感があります。冒頭の映画や演劇といったジャンルの境界線を意識したことがないという話にもつながってきますね。

映画監督とか演出家とか、職業や肩書きを決めてしまうのも僕にはすごく不自然なことに思えます。子どもによく「将来”何に”なりたいか」って聞くでしょ。そうすると職業で答えるしかないじゃないですか。本当は「将来”どう”なりたいか」って聞くのがいいと思うんです。そうすれば「人に優しくなりたい」って答えが返ってくるかもしれないでしょ。

── 紀里谷さんの作品にはそういったメッセージがこめられているのでしょうか。

その通りです。第三者が決めた基準のせいで、苦しんだり傷ついたりしている人がこの世界には数え切れないほどいるじゃないですか。区切りや境界を決めるのは人間だけ。これってすごく不自然なことだと思います。しかもそのせいで争いが生まれる。だってこの僕でさえ今、こんなこと言って誰かに怒られやしないかとヒヤヒヤしてるんです。自分じゃない誰かが決めた基準に振り回されるのは本質的じゃないと思っているのに。

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── 『ハムレット』という作品は、復讐劇の発端に「王座」という権力を取り巻く闘争も影響していると思うのですが、その点についてはどうお考えでしょうか。

権力を求める発端って、コンプレックスだと思うんです。それこそ今ってSNSのフォロワー数がある意味権力として働いているじゃないですか。それも他人に認めてほしいというコンプレックスが発端になっているんじゃないでしょうか。僕は今コンプレックスが一切ないんです。何度も言いますけど、コンプレックスを感じるのもすごく不自然なこと。子どものころは自分が美人かどうかとか、育ちがいいかどうかとか、そんなの気にしないじゃないですか。

── 紀里谷さんはこれまでコンプレックスを感じたことはないんですか。

20代のころはありましたよ。自分が目指している姿に到達できていない自分が嫌で。でも、自分はなにかを達成するためにものづくりをしているわけじゃないと気づいてから、コンプレックスはまったく感じなくなりました。だって、ものづくりができること、それだけで僕は幸せなんです。

── それこそ演劇業界にはかつての紀里谷さんと同様のコンプレックスを抱えている若手が多いと思うのですが。

そうなんですよね。若手の歌手や役者は「売れなきゃいけない」って思ってる人がほとんど。でもそういう人に聞きたいのは、お前は売れるために歌ってるの、芝居やってるのってこと。ただ楽しくて好きだからじゃないのって。僕なんかはただもうものづくりが大好きなんですよ。だからハリウッドで撮った『ラスト ナイツ』も、今回の『ハムレット』みたいにぜんぜん儲からない作品でも、分け隔てなく純粋な気持ちで向き合っているんです。

── たしかに「売れるため」が目的になるのは本質的ではない気がしますね。

僕たちの仕事ってサービス業じゃないんです。今、ものづくりの目的が「売れるため」になってしまっていることが多いから、観客が求めるものに擦り寄る作品ばかりで、役者もファンサービスとかグッズ販売とか、本質的じゃないことをやらされてる。それって本末転倒じゃないですか。僕がやりたいのはビジネスじゃなくて芸術。『ハムレット』の出演者たちには、観客の求めるものじゃなくて、期待をはるかに越えるようなものを観せてやろうって話をしています。

情報や知識はいらない、感じたままを伝えてほしい

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── 今回Poptalkに紀里谷さんや『ハムレット』の出演者の方にトークルームを開いていただけることになりましたが、その背景を教えてください。

Poptalkの試みは演劇業界に特化してスポットをあてているのがとてもいいと思います。映画も写真も、業界が固定化しているように感じていて。そのなかで演劇は、まだまだ自由なことができる領域だと思います。Poptalkのようなプラットホームが役者と観客をつないでくれるのはありがたいですね。

── Poptalk上で観客の方とそのようなコミュニケーションをとりたいと思いますか。

僕は自分の作品を説明するのが嫌いなんですよ。情報とか知識とかはいらないからただ何かを感じてほしい。だから、作品を通して感じた純粋な気持ちを教えてください。
── ありがとうございました。
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インタビュー中に何度も飛び出した「本質を追求したい」という言葉。演劇業界だけでなく、さまざまな分野において「売れること」が重視される現代において、紀里谷さんが言う「本質」は時代に逆行するものかもしれない。今回のまったく新しい『ハムレット』も多くのところで議論が巻き起こることが予想されるが、観客に何かを考えさせること、それこそが紀里谷和明作品の最大の魅力なのかもしれない。

(文/近藤世菜、写真/北川直樹)

Theater LOV「ハムレット」

原作:ウィリアム・シェイクスピア
脚本:長屋晃一
演出:紀里谷和明
期間:2016年12月9日(金)~11日(日)

●出演●
ハムレット…室屋翔平
オフィーリア…中村美貴
クローディアス…坂本三成
ガートルード…巽よしこ
レアティーズ…松田一亨
ポローニアス…神保良介
亡霊…奥居元雅
劇中王妃…中井奈々子

●タイムテーブル●
12月9日(金)18時
12月10日(土)14時、18時
12月11日(日)10時(追加公演)、14時、18時

※開場は、開演の30分前となります。

●会場●
スタディオ・アマデウス(東京都世田谷区弦巻4-7-7)
※アクセス…東急田園都市線・桜新町駅西口より徒歩8分

●チケット●
全席自由5000円
※11月5日(土)発売開始

●スタッフ●
舞台監督:臼田典生、照明:永井佐紋、美術:橋本創、衣裳:澤田石和寛、プロデューサー:田尾下哲

●主催●
Theater LOV

http://www.theaterlov.com

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